朝鮮半島などについて

勉強をしました。6世紀になると朝鮮半島からの影響が強まって、内部に横穴式石室を持つものが多くなりました。また小さな円墳がまとまってつくられた群集墳が各地にいとなまれ、有力な農民層が力をつけてきたことがわかります。

ヤマト政権が朝鮮半島や中国と交流を深めると、多くの人びとが海をこえてわたってきました。ヤマト政権は彼らを積極的に受け入れました。

これらの人びとを渡来人とよびます。渡来人は、大陸のすすんだ技術や知識を日本にもたらしたので、ヤマト政権は彼らを技術者集団に組織しました。

彼らの活動は、鉄器や土器の生産や機織り・土木などの技術的な分野ばかりでなく、文字(漢字)を用いる外交文書や記録の作成などの分野にもおよびました。

5~6世紀には、中国の精神文化である儒教やインドで発生してアジア各地へ広まった仏教が、百済など朝鮮半島の国々から伝えられました。

とくに仏教は、大王・豪族に受け入れられ、のちには民衆にも広まっていきました。チルドブレッシュ